山手線での通勤者に伝授したい、渡り鳥戦法

最近通勤の時間に新たな試みを行っている。

一駅進むごとにドアから一度出て、数個分のドアを歩いて横切り、新しいドアに入りなおす。最終的に目的地の一つ手前の駅でベストスポットとなるドアに到着することで、目的地からもスムーズに通勤出来る。この細かい移動型の乗車スタイルを勝手に「渡り鳥戦法」と呼んでいる。

 

渋谷駅の山手線階段の改修工事が終わったあたりから、何気なーくそちらを使うようになったことから渡り鳥が始まり、気がつくと通勤においては毎日のようにやるようになっていった。

 

最初は毎駅ごとに歩くなんて疲れるだけじゃないか?

ドアの近くでギュウギュウになりたいのか?

とか色々思っていたが、実際に渡り鳥になってみると電車から出る瞬間、入る瞬間のワクワクを結構感じることが出来る。

恵比寿の人の定位置、目黒の人の定位置、五反田の人の定位置、と一駅進むごとにそこで降りる人たちの特徴がわかる。

 

また電車の中には常々避けて通りたい奴らがいる。渡り鳥をしていると
「あ、あのドアにはヤバイやついそうだから避けよう。」と、自由に避けることができる。最初から到着地のドアまで移動していたら、もし迷惑おじさんと遭遇しても、そこから動くことができずストレスフルな時間を過ごすことになるが、そんな心配をしなくていいのがこの渡り鳥戦法だ。

この最初のドアへのこだわりの低さが渡り鳥の最大の魅力であろう。

戦闘のない銭湯。大黒湯に行ってきた。

近頃銭湯にはまっている。

 
数ヶ月前まではサウナにハマっていたのだけど、
サウナの中よりも、温めた体を水風呂に入るあの瞬間が大好きで、
気がつくと気合を入れて行くサウナより、水風呂がついた銭湯に通い始めていた。
 
先日、錦糸町と押上の間にある「大黒湯」という銭湯に行った。
浅草に引っ越してから、近場の銭湯に足を伸ばしていたのだけど、
今回は押上の奥まで深夜の徘徊ついでにやってきた。
 
深夜1時過ぎ、大通りにはちらほら人が歩く程度だったのに、
1本なかの大黒湯の道に入ると、銭湯の前の自転車の山がぼやけた光で照らされていて、
その場所だけ賑やかな空気を醸し出していた。
 
1時間位ゆったりと滞在したのだけど、忘れられない思い出となったのは人。
お風呂場に入り周りを見渡すと刺青の男性、つるっつるのおっちゃん(たぶん昔はドスきかせてたんだろう雰囲気)、真っ黒に焼けたムキムキヤンキー集団。
間違えてヤクザのお風呂場に入り込んでしまったかと本気で震えた。
 
ただ20分も銭湯の中で過ごしていると、
極道のしきたりなのか、はたまた銭湯が共存シェルターとなっていたのか(偏見まみれでごめんなさい)
皆さんめちゃくちゃ礼儀正しい。普通に「すいません」って言うし、水風呂に頭からもぐるような自己中な水風呂プレイヤーもいない。(本当にごめんなさい)
 
露天風呂に出ると椅子に座り、右腕の肩から腕にかけてタトゥーだらけの男性が夜空を見上げて夜にふけっている。
体を温め思いにふける、彼も人間なんだとどこか安心した。
 
東側に来てからというもの、入れ墨の組っぽい人たちやヤンキーの少年達を銭湯で頻繁に見かける。
うちわでは砕けた汚いと思われるような言葉遣いや幅広いスペースを使ったりとがあっても、
他の人と触れるくらい近くなると、驚くほど礼儀正しかったりする。
 
通い始める前は分からなかったけど、
この銭湯内の不文律にふれると世界平和まではいかなくとも、
浅草平和も夢では無いなと勝手に思う。
 
お風呂を出るとお嬢様のような美人な女性が清楚な服装で寛いでいる。
家出してきたのかな、違和感しかない。
でも、違和感はあるけど、場違いではない。誰がいてもおかしくないと思えるのがこの場所なのかも。
20代女性の一人銭湯が趣味の人っているのかな?ちょっとあの女の子の生活が気になりました。

銀座線の車窓から

2019年10月15日、給料日

今日も寝坊して3分遅れで会社に到着する時間に家を出る。

 

浅草から渋谷まで真っ暗な地下の景色を眺め、

ただただぼーっと座って時間を過ごす・・・わけではない。

 

電車が渋谷にさしかかる一瞬、明治通りと高々とそびえ立つ新築のShibuya Streamが見える。真っ暗な33分の長旅の間で、唯一銀座線の黄色いボディーが光を浴びる、貴重な3秒間。

 

今日、この光を見た時にふとブログを書いてみようと思った。

 

ネット上で書きたいなーと思い毎回挫折する。

何か文を、何でもいいから文を、今回も書きたくなってきた。

いつまで続くかわからないブログを今回もまた始めてみようとおもう。

 

マイペースで色々書いていきたいかな。